「No」といえる日本人へ。ストレスと脅しに負けないために。

日本人はNoと言えないことにストレスを感じています。不快なことでもひとまず受け入れて我慢する事が多いです。そのような習慣をつくってきて今まで何とかやってきました。しかし最近では我慢する一方で苦しい思いが強くなってきている人がたくさんいるはずです。

現に、仕事で我慢し、学校で我慢し、夫婦関係で我慢し、子育てで我慢し、人によっては休日すら我慢して過ごすこともあるでしょう。

ニュースを見ていると我慢を続けストレスが爆発してしまうような人も増えているように見受けられます。

人は発狂して取り憑かれたように過激な行動をとってしまうことがあります。よくインタビューで「あんなことする人じゃなかったのに」と聞くように急にとっぴな行動を起こしてしまいます。このように人はストレスで追い込まれると、横柄な態度をとり、暴言を吐いたり、ヒステリックを起こしたり、ひどい時は事件を起こします。

ストレスを我慢することにはこのように危険が潜んでいます。人が発狂するような事件は多発しているので、もうすでにストレスによる危険は表に出てきてると言えます。

ストレス社会は良くなる方向にすすんできませんでした。その場のストレスを対処することはしてきましたが、根本的なストレスを断つような対策をしてこなかったからです。

ストレスのある悪循環から脱するためにまずNoと言えることが大事です。ただ、いつも口に出して「ノー」と言わなければいけない訳ではありません。

明らかに間違っていると感じたりすること、毎回同じことで苦しめられていることがあれば、それを拒む心を持たなければいけないということです。

愛想笑いすることや黙って屈してしまうような態度が癖になっている人は、その癖を直すように意識して務めることが大切です。

疑問に思ってひっかかる事があるなら、安易にそれを受け入れないことです。引っかかる点が多いのに受け入れてしまっては後でしわ寄せが来ます。引っかかる点があれば質問しましょう。質問にちゃんと答えてくれない場合は無理に受け入れる必要はありません。質問に対していつも煙に巻くような人についても同様です。そんな誤魔化しを無理して受け入れる必要はありません。

 

次は「脅し」です。この脅しをかけて人に不安をあおってはストレスを与える悪知恵があります。言うなら’不安換気商法’というものです。

これはとても巧妙かつ広く行われてきました。「えっ!これも」とびっくりされるようなことまで当てはまります。

まずは保険各種、生命保険、がん保険などです。保険会社に務めている方には申し訳ないのですが、今の大手保険会社は結果として不安をあおっています。高額を払うのでそれだけでストレスになります。

がんはビジネスと言われていますとおり、ネット、書籍など調べればたくさん出てきます。がん保険会社とがん医療の結託に対しては疑いが余儀なくされるのはもう普通となっているでしょう。

がんは病院に行かなければ発見すらされません。がんは保険会社と医療機関とマスコミと製薬会社などがグルになって内輪で大金を設けるために作り上げたでっちあげ話と言われるのをムキに否定するのではなく冷静に判断しなければいけません。

おまけにがんという病気自体がかなりでっちあげられているという話が信憑性も帯びてきています。

現実にがんは気にしない方がいいですし、がんに関する各種マスコミの報道は見入ってはいけません。
それより普段の生活習慣に気をつけてください。

病院関係はかなり曖昧です。セカンドオピニオン、サードオピニオンと言われる通り、先生によって診断結果がバラバラです。良心的な先生は症状を重く見積もらず不安を煽りませんし、儲け主義の先生は症状を重めに見積もり入院をすぐにすすめるようなことがあります。

 

次に仕事です。仕事は必要ですが必要以上にやるものではありません。最近は仕事を抱えすぎてストレスになるようなことばかりです。なぜそこまで仕事が手放せないかというとやはり「脅し」がはたらいているからです。

きつくても仕事をやらないならクビをほのめかしたり、職場にいづらい空気を作り出します。職を失えば絶望かと思わされています。なので怖くてストレスを抱えても嫌な仕事を続けるのです。

でも本当に合わないならやめて会う仕事を探した方がいいと思います。もしくは仕事は必要最低限にして、もっと才能を伸ばす時間を得てもいいでしょう。もしその才能が仕事に直結しなくても後々かならず役に立ちます。

社会保険の支払いや年金の支払いが、と言いますがストレスを抱えて脅されながら働いてまで支払う必要はありません。ストレスで身体も精神も病むくらいなら支払をストップするのも十分あると考えていいです。

健康やいのちは社会保険や年金で得られるわけではありません。これらのために死んでは本末転倒です。

 

世の中のニュースや広告には’結婚’に対しても脅しがはたらいています。

まず結婚は焦ってするものではありません。結婚にふさわしい相手は神様にからみて正しい行いをしていれば神様が与えてくれます。

こういう言い方だと何が言いたいかわからないかも知れませんが、何も結婚するために焦りにかられる必要はないのです。

ブライダル広告や結婚のニュースばかり見せつけられて「結婚できなかったらこわい」という脅しが蔓延してしまっています。

こういう結婚を焦らせるような情報に踊らさるととにかく結婚すれば何とかなると思うようになってしまいます。花嫁会というものがあるように結婚式の準備からSNSでアップされるブームすら作られています。でもこれは何のためにやっているんでしょうか。結婚は自慢するものでもないし他人と比べて順位をつける徒競走のようなものではないはずです。

また結婚相手にあれこれ条件をつけて、結婚を必要以上に豪華に盛大に祝う必要もありません。そのためにストレスをかかえて苦労して働くのもまた本末転倒です。結婚が負担となってしまっています。

結婚はきちんと確信をもってからすべきですし、出来心ではなく真心から結婚をすべきとも言えます。

プロポーズはどこまで必要なものかもわかりませんが、プロポーズは心からされるべきでしょう。形式的にするものでもありません。高額な指輪よりまさるものです。

あと、婚前交渉はするべきではないです。性教育で教えるのはそれだけいいです。
これが常識にならないとまともな家庭は増えません。
子の代にもそう伝えていかなければなりません。

 

これら問題にあたると悩み、解決すためにもストレスがかかります。解決に奮闘しても痛快でもなんでもなく複雑すぎてストレスが伴うのです。

ストレスはなくしていくに越したことないのは誰にとっても明白でしょう。

ストレスをなくすには心の平安が必要です。しかし、その心の平安を求める先が神様になければ確固たる心の平安はありません。
人間的な考えの不安定さは多くの人が経験するように、またいつストレスの悪循環に引き戻されるかわかりませんから。

次回は日本人と神様について書いてみようと思います。

 

’がん’がないお話についてはこちら
http://rapt-neo.com/?p=40310
閲覧ありがとうございました。

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