日本人と神様

皆さんは「神様」と聞いてどんな方を思い浮かべるでしょうか。

自分を導いてくれる方でしょうか。

それとも、自分の願いを叶えてくれる方でしょうか。

きっと良いことをしてくれる方を思い浮かべることが多いと思います。

でも、本当に神様がいるか確信が持てず神様の存在に半信半疑な人が多いと思います。

大半の人はこう考えると思います。願いが叶った時や奇跡的なことが起きた時は神様がいて自分にはたらきかけてくれた、と。しかし自分の願いが中々叶わない時や、ひどい目にあった時は神様はいないし自分は見捨てられた。と感じたことがあるかと思います。

欧米のように日本人は神様の存在を明確に口にしません。しかし何となく感じているもので、どうしようもなく困った時は心の中で呼び求めます。

ただ問題が解決してしまえば忘れて普段は神様のことは特に気にかけない生活に戻ってしまうことがほとんどだと思います。

どっちかというと気にかけることは、日々の仕事のこと、収入のこと、家のこと、趣味のこと、家族のこと、恋人のことなどで埋めつくされてしまってると思います。

困った時だけ神様に頼んで、後は忘れてしまう。それが今の日本人の神様への向き合い方となってしまいました。

けど神様のことはどこか信じている。そんなところでしょう。

神様は普段いなくてもなんとか生きていけるから、大人になったら自分の力で生きて行く。そんな考えの人が多いと思います。

神様は大人になるにつれて忘れるような存在になってしまったのでしょうか。それは神様としては悲しいことでしょう。

神社に行っているから神様を忘れていないような気になるかもしれませんが、神様は神社など決まった場所にしかいないレベルにまで落とされてしまったのでしょうか。それもまた神様からしたら悲しいことでしょう。

でもそれもはっきり言わないのが日本人ですね。

日本人は確信がないことははっきり口に出すことはしたがりません。神様に対して確信がないとはっきり口に出して言いづらいというのもあると思います。

 

ところでさっきから文章に、思います。思います。が多いことにお気づきですか?

そうです。神様についてはまず思いが大事なんです。

なぜか。それは簡潔に言いますと目に見えない存在だからです。目に見えない場合どこで繋がるかというと「思い」でしょう。

目に見えない存在だから日本人も中々確信が持てないのだと思います。

 

日々の忙しさで心が休まらない。生活の中でなかなか虚しさを埋めてくれるものがない。

心を落ち着かせる方法に瞑想や禅が近年広まりましたが、これらは自分自身の内にとどまってます。言っても向かう先は宇宙でしょうか。

向かう先が宇宙より人格のほうがより安心感があります。普段カベに接しているより人と接している方が安心できるのと同じように、心を落ちかせるにも向ける先が宇宙より神様のような人格ある存在の方が安心できます。

そして人同士では欠点が見えると幻滅したりと絶対的に頼りにすることが出来ません。

しかし人は自分だけの力で人生の問題をクリアしていくのにはかなり苦しい、ましてや現代のように複雑に問題が押し寄せてくる場合はなおさらです。

そこで絶対的に力があり、頼り切っても安心できる存在が必要になってきます。その絶対的存在が神様です。

この現代では神様に心の平安をより頼むことが大事になってきます。少なくとも私自身はそう感じます。

目に見えないことを理屈で理解しきるのは難しいと思いますが、神様の方を向くことで心の平安が得られることを理解できる人が増えたら良いなと思います。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です