地球はもっと安全な場所になりうる。

今回は上のYoutubeの動画から、eden mediaさんが翻訳してアップロードしているビデオ「この地球に山や森は存在しない」の話題からです。

どこまでが人工的でどこまでが自然か。実は結構曖昧なのではないかということです。

一般的に自然を守るのは大切と考えられていますし、自然散策など休日のレジャーとしてもたくさんの人が出かけています。

しかし自然にできたと聞かされている山や地形や湖などは、太古の時代に人工的な手によってつくられたものだという隠された事実について考察し言及しているものです。

こういう場所は世界遺産の登録などにより観光として誘致されています。

大きいものを言えば富士山、グランドキャニオン、などです。細かいものを言えば数え切れないくらいありますが。

しかしこれらも太古の大規模な採掘による産物ではないかということです。

確かに古代の巨石文化などはどこからあんなに沢山の石を持ってきたんだと疑問に思わざるおえませんからね。

富士山は火山だから地殻変動で自然にできた山に決まっているじゃないか。と一瞬思いますね。

しかしゴミの山から自然発火するというのは現にありました。すぐ出てきたのがフィリピンにあるゴミ山のスモーキーマウンテン (Smokey Mountain)です。

積み上げられたゴミから発火し煙が上がることからスモーキーマウンテン(煙を出す山)と呼ばれるようになったそうです。

年代的にかなり後から発火するのはおかしいという意見もでそうですが、発火の条件がそろえば不発弾のように昔の遺物から発火することは否定しきれません。

 

巨石文化のために環境破壊は昔から行われていたし、それがいまはセメントを作るための石灰採掘にとって変わったという考えもできます。

支配者は昔から大規模な採掘に魅了されていたし、支配者に口寄せをして導いていたサタンは環境破壊を率先して行い自分の支配を広めようとしていたということが考えられます。

大規模な採掘をしなければ、地球はこんなゴツゴツな土地にならずもっと平坦で住みやすい土地だったのではないかということです。

自然は危険なものではなくやはり恩恵が本質でしょう。まあ今は自然=危険が潜むというイメージがついてますが。

地形を変形させ危険が潜みやすいように変えてしまったことは意図があってのこと、誰かの意志の元に”自然”と言われるいまある地球の地形は出来上がっているということです。

確かに山や岸壁、岩礁地帯、火山、密林などでは怪我が絶えませんし、お亡くなりになる方もいます。

子供をつれていくにも親はわざわざ危険なところには連れて行きたいと思わないはずです。出来るなら安全なところで遊ばせてあげたいはずです。我が子を傷つけることを望む親なんていないはずですから。普通な感覚だったら。

人は必然的に平野に集まりますし、自分の住む家の土地を誰もが整地するように、人は整地を否定できません。

上の動画で言われていますが、地球はもっと平らな土地だったのではないかといことです。要は整地されているに近い状態の土地でそんなに危険も潜んでいないということです。

動植物だけが自然という訳でもなく、人も身体を持っている以上自然と切り離すことはできません。

人はもっと自然を管理できるような社会が望ましいはずですが、この大規模採掘や、石灰採掘をやりすぎている状態では自然破壊ばかりしているようなものです。

いたずらに自然を庇護するのも良い考えとも言えません。その人たちもツタや茨ばかりでは自然と共に暮らせないはずです。ちゃんと人が手入れしないとツタや茨、雑草がはびこってしまいますから。

こんなに破壊がなければ地球はもっと安全だし自然は人への恩恵となってくれるでしょう。

いま見ている以上に地球というものはもっと美しいのかもしれません。

ただ今の社会の方向性には自然を管理する倫理も持ち合わせていませんからね、まあサタンがそうしないように仕向けてきたのですが。

創世記 1-31
神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めてよかった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。

神は極めて良いものをお造りになったというように地球は神の目から見ても良い出来のものだったのです。
それが美しくもない訳がないというのもありますが。

刺さるようなとがった岩山や、猛獣、ヘビの危険がある密林、土砂崩れと隣り合わせの山などは本来あるはずのものではなかったのかもしれません。

ひとつ言い得ることは神が見ても美しい地球に成るなら誰もがそちらに住みたいはずです。

なので安全で美しい地球になる社会の方を目指すべきでしょう、と皆さんにすすめます。

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