心配や不安を抱えるのは良くない。また、心配や不安から抜け出すには。

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心配や不安を多く抱え、落ち着いていられないという方はいらっしゃると思います。

特に昨今は情報が錯綜している世の中なので尚更です。

心配や不安を紛らわせるために、お酒、ゲーム、タバコ、など一時的な快楽にお金を費やしてしまう方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、いつも、お酒やタバコ、ゲーム、など一時的な快楽で不安を紛らわせるにも無理があります。

これらには中毒性があり、依存性もあります。エスカレートすると就寝時も落ち着いていられなくなり不眠がちになってしまう場合すらあります。

症状は人によって大小あるかもしれませんが、このように、不安や心配がいつまでも離れない方はまだたくさんいらっしゃると思います。

何より不安や心配に苛まれるのは辛いと思います。

でもお酒やタバコ、ゲーム、一時的な快楽で不安や心配を紛らわせるのは根本的な解決になりません。

なので今回はこの不安や心配から抜け出せるよう解決に役立つ内容を書いていきたいと思います。

 

まず心配や不安を抱え込むのはなぜ良くないのか?

このことについて考えてみたいと思います。

 

不安や心配で頭の中が混線すると、その乱れた波長が伝わってしまいます。

波長という言い方は聞き慣れないかもしれません。

言い方を変えると、不安で心配がちな空気感や雰囲気が伝わってしまうとも言えます。

心配性の人は、その乱れた波長によって人が離れてしまうのではないか、と余計、心配になると思うんです。

でも頑張って心配を消そうとしても不安や心配が止まることなく頭を巡ってしまい、この悪循環に陥ってしまってしまう方が多いとも思います。

ひとつ問題解決の糸口として、心配や不安のタネとなる話題や情報に自ら触れないようにすることです。

 

では、心配や不安のタネとなる情報とは何でしょうか?

それを最も表しているのは聖書に書いてある’罪’です。

心配や不安が駆け巡ると波長は乱れます。

また罪を行うと波長が乱れやすくなるものです。

‘罪’とは何でしょうか?

ここで挙げるもので全て網羅できませんが、現代の人々が当てはまりやすいものを聖書から引用いたします。

以下が聖書からの引用になります。

 

レビ記 19章 26節

あなたたちは血を含んだ肉を食べてはならない。占い呪術を行ってはならない。

 

マタイによる福音書 15章 19節

悪意、殺意、姦淫、みだらな行い、盗み、偽証、悪口などは、心から出て来るからである。

 

コリントの信徒への手紙二 12章 20節

わたしは心配しています。そちらに行ってみると、あなたがたがわたしの期待していたような人たちではなく、わたしの方もあなたがたの期待どおりの者ではない、ということにならないだろうか。争い、ねたみ、怒り、党派心、そしり、陰口、高慢、騒動などがあるのではないだろうか。

 

ガラテヤの信徒への手紙 05章 20〜21節

偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません。

 

上の部分で太字となっている部分は罪の種であり罪を犯す要因であり、中には罪そのものとなるものもあります。

おそらく不安や心配にとらわれる方は、この罪に値するような情報に多く触れてしまっている場合が殆どだと思います。

この罪に値する情報には自ら近づかないことです。

なるべくこれらの情報を避けるべきです。

しかし、世の中で生きているとこれらに全く触れないのは至難の業です。

なので如何に悪なる情報に意識を合わせないようにして、邪魔をスムーズにかわして行くかも大切になってきますね。

時にはこの罪なる波長を突破しなければいけないこともあるかもしれません。

 

今までの積み重ねにより、心配性の方は心配することが習慣になっており、油断すると心配や不安ばかりを頭に巡らせてしまうかもしれません。

そういう方は、視点を変えて考えてみるといいでしょう。

習慣や癖を治していくにはどうすればいいでしょうか?

 

それは日々の積み重ねですね。

もっとポジティブなことに意識を向ける習慣を備えていかなければいけません。

「こうしたらもっと良くなるだろう」

「こうしたらもっと幸せになるんだろう」

という意識の持ち方です。

このポジティブな希望に意識を向け、そのために頭を回転させる習慣を身につけていくことです。

ポジティブなことに頭を回転させれば、心配や不安が頭の中の陣地を覆い尽くしてしまうことも少なくなるでしょう。

 

では良い事に意識を向けるとは?良い事とは具体的に何でしょうか?

それも聖書に書かれています。

 

コリントの信徒への手紙一 13章 04節

愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。

 

ガラテヤの信徒への手紙  05章 22~23節

これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。

 

コロサイの信徒への手紙 03章 12節

あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。

 

今回挙げたもので、すべてを網羅できませんが、

愛、節制、柔和、、、

これらを日頃から意識することです。

そして頭の回転が混線して乱れないように、スムーズにさせる意識を持った方が良いです。

頭の中がスムーズに流れるなら、それだけ罪に追いつかれにくくなりますから。

このような発想の転換をして、習慣化していくことで、心配性やすぐ不安に苛まれる癖を取り除いていくことが出来るはずです。

例えるなら、畑にはびこる雑草を取りのぞいて、美味しい実のなる木を植えて育てていくようなものです。

 

・人と人の距離が近い日本人の課題。

波長というものは人に伝わります。

特に日本は人口密度が高く、人と人との距離感が近いため、波長を受けやすいと言えます。

現に日本人は空気を読むことを大切にしてきました。

皆んなが悪い空気に合わせてしまうと、その場全体が悪い方に流されてしまいます。

だから一人一人が悪い方に流されないように意識を持って、悪い波長を受けず、一人一人が良い波長を出す器となることで、相乗的に良い空気感、良い波長を広げることができます。

今後日本の町で生活する上でこの意識は大切になるはずです。

ぜひ、一人一人が良い波長に敏感になっていただければと願っています。

そしてスムーズな頭の回転を常とできるような社会となるとより良いでしょう。

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