罪を言い表すこと。そうすることで、

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ヨハネの手紙1

第1章 8,9節

自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理はわたしたちの内にありません。

自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。

 

私は偽証しています。

年収は216万と書いて、賃貸契約をしましたが、まったくそんなにありません。

偽証するな、というように偽証は罪です。

私はこの苦しみを負うことになります。

どうかこの罪を赦してくださり、もう偽証をしないように導いてください。

また、偽証しなくて済むような世の中にしてください。

偽証しなくてもいいような公平で公正な世の中にしてください。

きっと御国はそのようであると思います。

 

勿論これで私の罪をすべてではなく、まだありますし、

また日々罪の根から同じような罪が芽を出します。

毒の根が人目にさらされればそれは抜くかなければという思いが働きます。

それを手伝ってくれる人も現れるかもしれません。

 

罪を言い表すことで、心がラクになります。

世の中では誰しも虚勢を張りがちです。

きっと、心を砕いて素直に自分をさらけ出して罪を言える場も中々ないことと思います。

しかし人間どうしては罪を負いきれないし、洗いきれない。

人間同士だとまた罪に戻ってしまいやすくなります。

神様を抜きにしては自分の罪は残ったままです。

神様にすがる大人がいるのは恥ずかしくないです。

身体は大人でもそれが神様から見てどれだけ大きいのでしょうか?

プライドは捨てて、神様には心を打ち明けなければいけません。

 

私は男ですが、逆にプライドは少ないほうです。

逆に無さすぎて大丈夫か?と自分でも思ってしまうことがありますが、きっとプライドの無い分、自信もないと自分で思います。

きっとそれについても神様が明らかにしてくれるはずです。

しかし、そんな自分もプライドがゼロではなく、日々の細々とした場面でプライドが見え隠れすることもあります。

多くの人はプライドがあるのはしょうがないと思うかもしれません。

でもプライドが邪魔をする場面がいかに多いことか。

やはりプライドがあるのはしょうがないと諦める心でいてはいけません。プライドも砕き、ほんものの謙遜を身につけさせてくださるように神様に祈り求めます。

 

真理について知りたい方はこちらのRAPTさんのブログもご覧いたただければと思います。

rapt-neo.com

 

 

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